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甲斐バンドとの”30年戦争”その18・・・”DIRTY WORK” 


2008.11.30
Sun
16:58

Repeat&Fade Ultimate(紙ジャケット仕様)Repeat&Fade Ultimate(紙ジャケット仕様)
(2007/12/12)
甲斐バンド

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”30年戦争”と題して、私にとっての甲斐バンドとの、歩みなり距離なりを
30章にわたって順番に書いていくつもりなのだが、さすがに息切れしてきた。

この記者会見もよく覚えていない。

”真夏の夜空にドンと鳴って散っていく花火のように・・・”
その言葉だけが妙に残っている。
そして、最後のシングルが、甲斐自身の曲ではなく、
作詞:松尾清憲 作曲:松藤の”レイニー・ドライブ”だったはずだ。

私の就職も決まっていた。
あわてて教習所に通いだしたこと、最後のテストが
洒落にならないくらい大変だったこと・・・
何だか何もかもあわただしかった時期だった。
ただ何となく不安な日々だった。

私の内定決定、
阪神タイガースの何十年ぶりかの優勝、
甲斐バンドの解散、
ウエストロード・ブルースバンドのツアー、
卒業試験、
運転免許、
引越し、
何もかもが一度にごった返して、世の中にそのまま放り出されていく
そんな感覚のまま、入社式を迎えたような気がする。

将来の夢?
独立心?
将来設計?
何にもないまま、めまぐるしい日々に放り込まれていった。

卒業間際に買ったビデオデッキにこの会見を録画したはずだったが
画質も悪くどこに行ったのやら。
とにかく初任給で、ストーンズのレコードを買った。
そう、確か”DIRTY WORK”のはず・・・
就職してまもなくようやく免許もとれた・・・
何だか毎日がめまぐるしい日々の連続だった。
”比較的自己実現しやすい業種”であるはずの広告代理店、
厳しいばかりで、面白いもへったくれもなかった・・・
とにかく、この曲を口ずさんでいたことだけは確か・・・

 ”♪息がつまる街の中で 君を見つけたとき
    忘れていたぬくもりを 感じたけれど
    ささやきさえかき消される 雨音 これ以上
    傷つけあうこともない 恋は終わるのさ

    冴えないレイニードライブ 黙ったままの横顔
    見つめただけでなぜ 辛くなる ♪”

そう、確か思い出した!
中学から高校にかけて片思いだった子に、大学卒業と同時に告白したような
気がする。結局だめだったけど・・・
おめでたい門出じゃなかったはずだ・・・
この曲を聴きながら、明日のめまぐるしい日常を思い、
自分の感性が少しずつ変わっていくのが自覚できた頃だった。    
”消費ではなく生産者の喜び”
”与えられるのではなく与える喜び”
要するに、イヤが上でも”社会人”となってオトナになっていった頃・・・
聞き手としてのクリエイティビティを、仕事の中で生かしていく、
そのための手段を、本気で手にしなければならなくなっていた頃・・・


甲斐バンド  ”レイニードライブ”】




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tag: 甲斐バンド  甲斐よしひろ  DIRTY  WORK 
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甲斐バンドとの”30年戦争”その17・・・”DIRTY WORK” 


2008.11.29
Sat
22:51

THE BIG GIG [DVD]THE BIG GIG [DVD]
(2005/09/14)
甲斐バンド

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この頃、ストーンズのミック・ジャガーキース・リチャーズの不仲は相当だったらしい。
ステージを降りても、ミック・ジャガーのスーパースターぶりはそのままで、
レコーディング中ホテルで、真夜中酔っ払って帰ってきて、寝ていたチャーリー・ワッツ
叩き起こして、『オイ、俺のドラマーがこんなところに寝てるじゃないか!』
とやったらしい。
どうなったか?
執事の格好に着がえたチャーリー・ワッツは、酔っ払ったミック・ジャガー
水をぶっかけて、クビねっこをつかまえ、
『お前こそ、俺のケチな歌うたいじゃねえか!』と
テーブルに投げ飛ばしたらしい・・・

キース・リチャーズが雑誌のインタビューで答えてたから、たぶん本当のことでしょう。

私の音楽サークルの友人のやってたバンドは、
感情をそのまんまあらわにするベーシストが、ステージでもボリュームを下げず
バンドサウンドの中心はギターであると思ってる、気弱なギタリストが
他のメンバーに文句を言っていた。
私のやってたバンドは、純粋にシカゴ・ブルースをやりたい私に、
ギターの先輩が、『最後の学外コンサートはオレが選曲する!』と宣言された。
オールマン・ブラザーズ、ザ・バンド・・・やったから、まあよかったけど・・・
けど、どうせなら、”ステイテスボロ・ブルース”やりたかったな・・・

アマチュアの趣味の集まりでさえ、わずかなことで不協和音が響く。
その道のプロフェッショナルたちが集まればなおのことに違いない・・・
そして勘違いする連中も出てくる・・・
田中一郎が抜けても、ARBは変わらぬロックンロールバンドだった。
でも、石橋凌のソロには興味はない。
ミック・ジャガーのソロアルバムはまったくつまらない。
かといって、キース・リチャーズのソロワークは聴けたもんじゃない。


新宿副都心の、たぶん今は都庁が立ってるところだと思う。
大都会の埋立地での、ワンナイトショー・・・
あったことさえ知らなかった。
ライブで聴くと、”ポップコーンをほおばって”と”フェアリー”の一連が
一体となって聞こえた。
当たり前だけど、一安心した。
でも買ったのは、つい最近のこと・・・
この頃、何があってどんことを思いながら生きてたのか、ホントによく思い出せない。
ただ、楽しかったはずなのだが・・・

下宿の後輩が貸してくれた、ライ・クーダーのテープは最高だった。
ブレイク・ダウンは何度も見にいった。
オーティス・クレイジョン・リー・フッカーロバート・クレイ
ロバート・ジュニア・ロックウッド、ジェームス・コットン
そして何よりも、ブルース・スプリングスティーン・・・
駄目押しに卒業間近に見た、ボブ・ディラントム・ペティ&ハートブレイカーズ

甲斐バンドは?
たぶん、甲斐よしひろは『サウンド・ストリート』をやってた頃じゃなかったろうか?
それさえもあやふやである。


【甲斐バンド  ”東京の一夜” 】




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甲斐バンドとの”30年戦争”その16・・・”DIRTY WORK” 


2008.11.28
Fri
22:46

LOVE MINUS ZERO(紙ジャケット仕様)LOVE MINUS ZERO(紙ジャケット仕様)
(2007/12/12)
甲斐バンド

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今振り返ってみればよくわkるような気もする・・・
二十歳前後の頃。
やはり大人になろうとしていたようだ。
ただ、自分が何を欲しているかもわからなかった。
彼女でもいれば、刺激あいあえる友人でもいれば、もう少し
何かを掘り下げていたかもしれない。

その頃に運命的な出会いができた人は、たぶんとても幸せなんだと思う・・・

立花隆が、東大の自分のゼミ学生に対して
”二十歳の頃”についていろんな人からインタビューさせたのは
こうやって、自分自身を振り返ってみればすごくよくわかってきた。

私は?
Pヴァインから出てるブルースのレコードやら、
アトランティックレーベルからのR&Bを、まるでバイブルのように
義務感でもって聞いていた。
肝心のアウトプットを忘れていたみたいだ・・・

坂本龍一が言ってたことだが、
音楽の感性なんてカンタンに変わるそうだ。
要するに、耳が慣れるかどうか、それだけだそうだ。
ハードロックばかり聴いてたら、それなりにその中でちゃんと
聞き分けることができるようになるそうだ。
それが、”感性の成長”なのかどうかはわからない。

ちなみに、人間の舌も同じだそうで、
”味がわかる”というのは、味覚の幅の広さのことだそうです。
子供の頃食べられなかったものが、食べられるようになって
おいしくなるのは、味覚の細胞が増えて、それまで感じられなかったものが
感じられるようになるからだそうだ。
その最も大切な時期に、最近の子供たちは化学的な調味料たっぷりの
ジャンクフードばかり食べてる・・・
くだらない音楽ばかり聴いてるのとおんなじことかな??????

ラブ・マイナス・ゼロ・・・
ちゃんと聴いてない。
ライブでやってた曲はかろうじて知ってはいる。

”その時代と真剣に向き合ったものだけが、音楽の持つ普遍性みたいなものを
 手にすることができるのではないだろうか・・・”
渋谷陽一氏のお言葉・・・
色あせないものというものがあることは確か。
その時の流行を取り入れただけの、使い捨てのものとは違う深い何か・・・
たとえば?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
分からない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ただ、今ならこの頃の甲斐バンドを安心して聴けるのは確か。
この頃はわからなかった。
聴いてもあんまり何も感じなかった。
かといって、”翼あるもの”も聴けたものでもなかった。
なんで今になって聴けるのかな?????????

大学3年生・・・・
独りで、京都の磔磔(たくたく)、拾得(じゅっとく)に、
史上最強!のブルース・バンド、ブレイク・ダウンを見に行った。
ブルース・ハープをけっこう本気で練習していた。
今はもう無い、梅田のライブハウス、バーボン・ハウスで
バーボンの味を覚えたのもこの頃・・・
ウエストロード・ブルースバンドが再結成してツアーをさかんにやり始めたのも
この頃かな?
近藤房之介が、日本でいちばんカッコいいギタリストだとも思っていた頃・・・
就職を漠然と不安にも思い始めていた。

甲斐バンドは完全に変貌していた。
明るくはじける音に、”ハードボイルド”テイストが加わっていた。
田中一郎も、ARBの田中一郎ではなかった。
思えば、これこそがすべてがオリジナルなんじゃないの?
なんて思ってしまう・・・
私自身も変わらざるを得なかったのに、どうやらアウトプットの方法論やら
手段やらをちゃんと手にできなかったようだ・・・
まだ、”絶対的な何か”を求めて、帰依できるものを捜し求めていたのかもしれない。
とりあえず、へんてこりんな宗教じゃなくてよかった・・・

甲斐バンド  ”冷血(コールド・ブラッド)”】




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甲斐バンドとの”30年戦争”その15・・・”DIRTY WORK” 


2008.11.27
Thu
06:17

GOLD(紙ジャケット仕様)GOLD(紙ジャケット仕様)
(2007/12/12)
甲斐バンド

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”愛することの痛み”
”メロウなサウンド”
”センスのいい音と言われたい”
”明るくはじけるような音”

甲斐よしひろが、ことあるごとに言ってきた言葉、
記憶の順に並べてみた。
エラソーに言うなとか色々出てきそうである。

大学2年生になっていた・・・
”明るくはじけるようなサウンド”だそうだ。
たぶん、ミックスダウンをボブ・クリアマウンテンのはずだ・・・
もう買わなかった。
レンタルレコードで聞いたはずだが、今やそのテープさえもない。

ただひたすらひたすら、アウトフォーカスになっていっていた時期だったように思う。
ブルース一色だったはずだが、それらを手に入れたという実感は今はない。
やはりよそ行きの音楽だったのだろうか・・・
だが、その頃の甲斐サウンドがしっくりきたのか?
そうでもない・・・
ただ私の身の置き所がなかっただけなのか。

大学2年から3年にかけて・・・
楽しかったはずなのだが、よく思い出せない。
ろくでもない学生生活だったはずだ・・・
1年のとき半年ほど、ゲームセンターでアルバイトした。
一番楽しいはずの時間帯の、夕方から夜にかけてを
毎日バイトにとられた。
何だか、時間やら義務感やらに追われるのがイヤになり
ウソをついてやめた。
とにかく自分を拘束したくなくて、自堕落な生活を送っていたはずだ。
一番楽しいはずの恋愛関係については、まったくない・・・
ブルースのレコードばかり聴いていた。
時間を売っている感覚がイヤで、アルバイトもほとんどしなかった。
お金?
あんまりない・・・

光ってる?
黄金に変わる?
景気はよくなり続けた。
今日は昨日より、明日は今日よりも良くなる、そう信じていた頃・・・
プロモーションビデオなるものが段々一般的になってきた頃・・・
マイケル・ジャクソンが売れ続けていた頃・・・

それにしても、ストーンズ意識しすぎじゃないかな、この曲・・・

甲斐バンド  ”GOLD” 】




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甲斐バンドとの”30年戦争”その14・・・”DIRTY WORK” 


2008.11.25
Tue
17:24

虜-TORIKO-(紙ジャケット仕様)虜-TORIKO-(紙ジャケット仕様)
(2007/12/12)
甲斐バンド

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無事に第一志望の大学に合格、そして大学生活が始まった。
入学後、最初に買ったレコードは?
ジャニス・ジョップリンの”ジャニスの祈り”と、BBキングの”ライブ・アット・ザ・リーガル”
そして、ボブ・マーリーのライブ・・・
もはや、甲斐バンド一色ではなくなっていた。
小学校から中学校、そして高校、大学と情報量はケタ違いに増えてくる。
”クラス一番”がその世界の全てだったのが、”クラス”そのものの概念がまったく
違ってくる。

軽音楽サークルに入ったが、
甲斐バンド”好きと言えば見下げられるような雰囲気だった。
”Jポップ”なんて気の利くアホなコトバもまだなかった。
何とか、ローリング・ストーンズの話で先輩と盛り上がった。
一学年上の先輩、ヒグチさんが福岡の小倉出身ということで、
博多のライブハウス、”昭和”に行ってみたいこと、甲斐バンドが好きだったことで
話が合い、イロイロと可愛がってもらった。
大友康平ばりに歌う人だった。
中学校時代、ルースターズのベーシストと一緒に、キャロルのバンドを
やったことがあり、大江慎也とも知り合いらしい。
九州という土地柄がうらやましくもあった。

レンタル・レコードというものを知り、ストーンズのレコードを全部聴いた。
高校2年の時、ストーンズの”ラブ・ユー・ライブ”を聴いたのだが、
その時、”エルモカンボサイド”にショックを受けた。
レコードで言う C面である。言い換えれば2枚目のA面。
チャック・ベリーマディ・ウォーターズボー・ディドリーのナンバーをやっている。
ストーンズの原点である。
大学の購買部にレコードショップがあり、Pヴァインのレコードがほぼそろっていた。
本物のブルースに、マディ・ウォーターズに触れたのである。
エレキギターで、ブルースのフレーズを練習しながら、”これこそが音楽のすべて”
と思い込むようになっていった。
ブルースの匂いがするものでないと耳が受付けなくないくらいに浸りきった。

甲斐バンド吉田拓郎?、ああ昔ちょっと熱中したことがあったかな・・・”

”いいモノをつくりたい。そのために時間が必要なんだ。
 オレたちに少し時間が欲しいんだ”
この年だったか前年だったかの、その年の最後の武道館で
甲斐よしひろは、そう言ったらしい。
”破れたハートを売り物に”まで発展し、耳が肥えてしまったリスナーも
私自身がそうだったように、”氷のくちびる””ポップコーンをほおばって”
”翼あるもの”をメドレーで聴いても、感動できないところまできていた。

いつものように、授業の合間、大学の生協の購買部の
レコードショップに立ち寄って偶然見つけた。
”あっ、甲斐バンドの新譜や!そういえば毎年秋には新しいの出してたな”
ブルースやらR&B一色に染まってしまっていたその頃、
まさに”昔の習慣”的に買ってしまった。

”ええやん!ブルーレター、昔のメロウな感じで、それでいて
 お前を孕ませてしまうまで、穏やかな夏は続いた
 なんて、ブルース・スプリングスティーンのリバーみたいやん!
 やっぱり、甲斐バンドにはこの世界が一番似合うんちゃうの・・・”
しかしながら、それだけではなかった。
他の曲は・・・
甲斐バンド独特の情緒感あふれる詩情的な世界を表現しながら
硬くはじける独特のビートが全編を貫いていた。
シカゴブルースやらアトランティックのR&Bを求め始めた私は
もうついてゆけなくなっていた。


確か甲斐よしひろは、”明るくはじけるような音づくり”を追求し始めた頃だったと思う。
そのためにできあがったテープをもとに、ニューヨークの
ボブ・クリアマウンテンに会いに行ったらしい。

明るく、はじけるサウンド・・・
間違いなく時代がそうさせていたはずだ。
後になってわかったことなのだが、実は日本という国はまだまだ世界には
認められていなかった。
しかしながら、貿易黒字だけは異様にふくらみ続けていた頃らしい。
それこれも、軍備費用をほとんど使わず商売一筋に頑張れたかららしい。
1985年プラザ合意が結ばれるまでは、よく知らなかった。
”バブル”まではまだ少し時間が必要だったが、明日は昨日よりよくなるはず、
父は、”せっかく大学に入ったんやから、ちょっとでも大きい企業に入れよ!
大きい企業には、やっぱり身分の保証があるから。
公務員が一番ええんや。
3年くらいになったら考えとけよ!”
それが口癖だった。
父は、バブル真っ只中に定年退職し、年金破綻が叫ばれる前に亡くなった。
まさに、右肩あがりの日本の経済を支えてきた一人だ。


”クロス・オーバー”からフュージョンというジャンルの音楽が生まれた。
”ロックはライブこそすべて”というロックバンドの最後のジェネレーションに
当たるであろうハウンド・ドッグの大友康平は、
”レコードって、コンサートに来てもらうためのカタログみたいなもの”
と言っていたが、音楽状況も変わり始めた。
大きなコンサートのチケット代が10000円するようになった。
ツアーというアーチストの日常的な行為ではなく、”特殊なイベント”
のような料金体系になっていった。
”コンサートツアーは儲からない”・・・ビーグラムレコードの創始者
長戸氏の考えは、ごもっともかもしれない・・・


【甲斐バンド  ”ブルーレター” 】




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甲斐バンドとの”30年戦争”その13・・・”DIRTY WORK” 


2008.11.25
Tue
00:01

受験のプレッシャーはそれなりにかなりあった。
秋口、クラスの悪ガキ連中と連れだって、前から何となく気に入らなかった
国語の教師の靴の中に、犬のフンを入れた。
もう本気でやばいはずなの12月24日に、クリスマス会をモリタ君の家で開いた。
もっとも当のモリタ君は、推薦で京都産業大学に合格が決まっており
キラクなご身分でもあった。
因みに、私の悪友アキラ君も合格しており、
”京都に行きたいから、同志社だけ受ける”状況だった。

”参考書コレクター”ナカタ君が出す問題を聞きながら、
『コイツはアカンやろな・・・』と思った。
以下受け売りです。もし受験生の方これを読まれてたら参考にしてください。
 
 本来、大学受験は、”わかっていないと困る問題、合否を決めるラインとなる問題、
 そして、差をつけて落とすための問題”の3つに大別されている。
 分かっていないと困る基本問題と合否を決めるライン問題で、おおよそ7割をしめるらしい。
 それだけで合格できるようになっているらしいのだ。
 試験中に振り落とすための問題に時間を割いてはならないのは
 ”わからない問題は後回しにしなさい”という先生のオコトバ通りなのだ。
 だからまず最初に試験問題全体に目を通して、時間配分を決めどこから答案していくかを
 決めないと、時間のプレッシャーで力を発揮できなくなる。
 そう、その問題の7割をどの部分からいただくかが勝負なのだ。
 もし万が一、7割切っても6割5分確保できれば勝てるのだ。

ナカタ君は毎日自慢げに、新しい参考書や問題集から、明らかに
”差をつけて落とすための、重箱を箸でつついた問題”ばかりを出してきた。
時間という量をこなしていない者たちだけが、動揺してあせりだす。
横で見ていて滑稽な光景である。
私のもう一人の悪友、キヌガサ君も同じだった。
昨年、一昨年出題されてる問題を避けて勉強していた。
確かに確率としては低いが、本来の試験の趣旨からすれば明らか・・・
サイコロをふるんじゃないのに・・・

受験の最中だったか、合格発表の時だったか忘れた。
甲斐よしひろと、竹田かおりの婚約が報じられた。
竹田かおりはすでに、妊娠してたので引退するらしい。
探偵物語で大好きだったのに・・・石野真子と長淵もショックだったが
これもけっこうショックだった・・・
”オイ、ちと早いんちゃうんか!?”
と思ったが、余計な御世話かな、やっぱり・・・

花園ラグビー場になぜ行かなかったのか?
遠かった・・・東大阪?・・・生駒?
”どこ、それ?”
兵庫県の山奥の高校三年生の、独りでの行動範囲はまだ知れていた。
関西学院を受験するときは、甲斐バンドを教えてくれたお兄ちゃんの下宿に泊まった。
そこから、関西大学を受験するのに実の兄がいる下宿へ行くのに、行き方を聞いた。
私『甲東園から西宮北口で梅田行きにのる?十三で乗り換える?
  何時何分の電車?』
兄『ようけ出てるから何分の電車でもええ!』
1時間に一本あるかないかの田舎のローカル線でしか生活をしたことのない
そんな私に兄はイらついて言い放った。(自分だって昔はそうやったやろ!)
私はそう思った・・・
受験で西宮のお兄ちゃんの下宿で泊まってた時、空を見上げ
『明日雨ふるんかな?』
『アホ!都会で星なんか見えるわけないやろ!』
と言われた。

今大阪でに住んでるが、やっぱり星は十分に見えない。
無事第一志望の大学に合格、進学することができたが、
私の興味や感性も、次のステップに進んでしまった。
成長なのか、これが?
たぶんそうだろう。
ジャクソン・ブラウン、ジャニス・ジョップリン、ドゥービー・ブラザーズ、
イーグルス、ボブ・シーガー、ザ・フー・・・
佐野元春が月曜日の『サウンド・ストリート』で紹介してくれる、60年代から70年代に
かけてのイカシタロックンロール、アメリカンポップスは間違いなく、私の耳の感覚を
拡げていってくれた。
そしてこのころかな?小林克也の“ベスト・ヒット・USA”が始まったのは???

田中一郎が、ARBをやめて甲斐バンドに正式加入したのはこのころだったかな?
甲斐よしひろの感覚も変化し続けていったころかな?


甲斐バンド  ”ジャンキーズ・ロックンロール~ダイナマイトが150屯” 】




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甲斐バンドとの”30年戦争”その12・・・”DIRTY WORK” 


2008.11.23
Sun
20:00

破れたハートを売り物に(紙ジャケット仕様)破れたハートを売り物に(紙ジャケット仕様)
(2007/12/12)
甲斐バンド

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高校3年生・・・
本気で受験勉強をした。
たぶん1日7時間くらい、夏休みやら休みの日は10時間以上。
タバコはやめた。
コンサートは大学に合格してから!

レコードは?
それくらいならいいだろう・・・
自分の感性が成長していくのも自覚できた。
モッズ、ロッカーズ、ARB・・・ビート系のロックンロールが自分の中で
はっきり力を持ち始めた。
1年前密かにブームを起こしていた松田優作の『探偵物語』、
BOROの新譜。
ボブ・シーガーの全米ツアーのライブがヒットチャートを上がったが
日本では今ひとつもりあがらないまま・・・
何でこの時、ブルース・スプリングスティーンは来日しなかったんだろう・・・

たんぼに囲まれた片田舎、塾やら予備校も神戸やら姫路に出なきゃ
まともなのがなかった。
だから受験勉強は、独りで計画をたててやっていた。
いまだに、予備校や塾に通うヤツの気持ちがわからない。
予備校って合格できることを全部教えてくれるのかな?
教わったこと以上にそこから自分でやるのが勉強なんじゃないの?
あの少なくない教室で、講師とやらが本気で自分のことを
面倒みてくれるなんて思えないし、教室の全員が同じ人から
同じことを教わって同じだけ勉強したって合格するとは思えない。
自分で考えなきゃ意味ないんじゃない?
本気でそう思ってるから、子供ができても塾には行かせないつもりだ。
学歴がアテにならないことは、実社会で十二分に経験できた。
だが、大学受験レベルの受験勉強を、計画的に継続的に達成できるかどうかは
人を見る上で目安になることは確かだと思う。


その時の数学の教科担任のウダ先生の言葉は
今でも私の、人生の教訓の一つになっている。

『キミら、受験で満点とろうと思てるんちゃうやろな?
 大学合格のラインて、65点やで。』

今はどうなのか分からないが、関西の私学の一つの目標である
『関・関・同・立』(関西学院、関西大学、同志社大、立命館大)の
一つの目安として、合格の正解率が65%が安全圏なのだ。
62%なら落ちる。
ならば、100点満点中65点なら合格なのだ。
だから、受験科目中を70点取るための受験勉強をした。
まず夏休み中に基本の徹底見直しと、得意科目をトコトン伸ばしきること。
9月からは、”赤本”片手に志望校の過去10年間の問題チェック。

選び抜いた参考書・問題集を徹底的に理解するって本当のようだ。
”参考書コレクター”たちは次々に落ちていった。
要するに、自分の相対的な位置付けができていないのだろう。
だから、何の達成感もないまま次から次へと目移りしてしまう。
わからないことに取り組むのが勉強なのに、全部ごっちゃにしてしまう。
今から思えば、やっぱりものごとに真剣に取り組むって成長できるものだ。
それが今、なかなか生かせないでいるのも確かだが・・・
論理的に物事を構築すれば、可能性がどれくらいなのか相当に見えてくる。
自分が見えてくるものだ。
おおよそのパーセンテージまで・・・・・


『今年は、東大阪の花園ラグビー場でやるらしいで。』
『ふ~ん・・・お前行くんか?』
『いいや、帰ってこられへんしな・・・』
『もう甲斐バンドはええねん、やっぱりプロレスやで!!!』

アキラ君との甲斐バンドについて語った最後の会話のような気がする。
その後彼との交流は続いたが、甲斐バンド、イヤ音楽について彼は
一切語ることは無かったし、興味もないようだった。

子供の成長はかなり早い。
10代の思春期の少年少女の感性も敏感だ。
そして”旬”のアーチストの変化も、それに負けず劣らず早い。
その年の春、パーカッションを全面に打ち出したライブアルバムは
そうとうに”トーキング・ヘッズ”のパクリだったが、
やはり甲斐バンドの独特のオリジナリティのためか、そういう批判もなく
受け入れられ、秋のニューアルバムへと受け継がれた。
甲斐バンドは、まちがいなくビートの効いた、イカシタロックンロールバンドへと
脱皮し、一つの完成形を提示してくれた。


【甲斐バンド  ”破れたハートを売り物に” 】




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甲斐バンドとの”30年戦争”その11・・・”DIRTY WORK” 


2008.11.21
Fri
18:18

流民の歌(紙ジャケット仕様)流民の歌(紙ジャケット仕様)
(2007/12/12)
甲斐バンド

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片道半日かけて出かけたコンサートだったが、とにかく遠すぎてちゃんと見えなかった。
たぶんアキラ君も、何となくそんな感覚を持ち始めた頃だったのだろう。
聞き手の思い入れをきちんと受け止めてくれて、なおかつこちらにも何がしかの
熱い思いを届けてくるのは、もしかしてライブよりレコードかもしれない・・・

『オレ達はライブこそがすべてなんだ!』

昔よくロックバンドがよく言ってたような気がする。
生のその場に居合わせて空気を感じあうことがライブの良さの1つだろう。
臨場感で言えば、大学生になってライブハウスに入り浸るようになってから
そのことが解るようになってきた。
大きな会場、イベント会場ではまた別の何かが必要になってくる。
聞き手の参加意識かな?
盛り上がらねばという義務感かな?
ただ、部屋でレコードを聴いて感じるモノと同じモノが感じられなくなってきた
焦りみたいなものもあった。
自分たちがオトナになっていったその過程だったのか・・・

”100万$ナイト・イン・箱根ピクニックガーデン”は終わり
その後、3人で二泊して伊豆半島を後にした。
帰りは、私とアキラ君がお金を出し合ってキヌガサ君の新幹線代を捻出した。
もう半日電車に揺られる気にはなれなかった。

その後、アキラ君の口から甲斐バンドの話が出ることはなかった。
その秋に発売された『地下室のメロディー』は、私が買った。
二人とも明らかに成長した。
彼は、進学校にも関わらず3年まで野球を続けた。
モチロン甲子園なんぞ夢のそのまた夢のオハナシ。
1975年、吉田拓郎かぐや姫がつま恋で、オールナイトコンサートを
成功させて以来、”ニュー・ミュージック”やら”シンガー・ソング・ライター”
やらが一世を風靡してる感があった。
その流れの中で、アキラ君も音楽をさらっと聴いてただけだったようだ。
私はどっぷり浸りきり、聞き手としての”クリエイティビティ”を追求し、
表現者たちの視線やら視点やらを共有しようとしていた。
アキラ君はかぐや姫のレコード1枚と甲斐バンドのレコード
『ガラスの動物園』『この夜にさよなら』『ライブ サーカス&サーカス』
『誘惑』『マイ・ジェネレーション』しか持っていない・・・

ジョン・レノンは熱狂的なファンに射殺され、
クラッシュが初来日した。
ジョン・ベルーシが死んだことは、以外にも話題にはならなかった。
セックス・ピストルズはワケのワカラン解散したとこだったが
ジョニー・ロットンの『ロックは死んだ!』は名言として残った。
膨大な貿易赤字と、ベトナム戦争の後遺症がまだ残るアメリカでは
ブルース・スプリングスティーンの『リバー』がヒットチャートを上昇し
ワールドツアーは、熱狂的に迎えられていた。
萩原健一のドンジャンライブは、ロック史上に残る名盤となり、
アナーキーが衝撃的デビューを果たした。
RCサクセションは、学園祭を荒らしまくってそのまま、武道館まで突っ走った。
まだ自らの表現手段も技術も手にしていなかった16歳から17歳にかけての頃・・・
それにしても、その年の紅白歌合戦に出場したサザン・オール・スターズの
三波春夫風の”チャコの海岸物語は傑作だった!!!

子供が大人になるほどの成長度合いほどではないにしろ、
アーティストも成長し続ける。
まだ私は17歳になって間もない高校3年生になったばかりの頃、
買った3枚組みライブアルバム”流民の歌”・・・
パーカッションを全面にフィユチャーしたアルバム。
これはたぶん、トーキング・ヘッズのパクリかな???
これは、まちがいなく甲斐バンドの変化のプロセスの真っ最中だったはず。


『関関同立でも難しいのに、早稲田?アホか!
 もっと自分の足元から見直せ!!!』

担任の先生からそう言い放たれて、学校帰りに友人とブラブラするのを止め、
タバコも止め、受験勉強に燃え始めてた頃のオハナシ・・・



甲斐バンド  ”一世紀前のセックスシンボル” 】


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甲斐バンドとの”30年戦争”その10・・・”DIRTY WORK” 


2008.11.20
Thu
19:44

地下室のメロディー(紙ジャケット仕様)地下室のメロディー(紙ジャケット仕様)
(2007/12/12)
甲斐バンド

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悶々ととした高校時代の青春は続いた。
春が来て、すこしずつ落ち着きを取り戻してきたような気はする・・・
何てことはない、片思いだった女の子に彼氏ができたこと、
タバコを覚えてのニコチン中毒だったのか・・・
甲斐バンドとのつながりは、水曜日午後10時(10時20分だったか?)からの
FM-NHKのサウンド・ストリートだった。
メールもインターネットもない時代、後は学校帰りに立ち寄る本屋の音楽雑誌のみ。
苛立ちやらもやもやをアウトプットするすべもわからず、
曲を作ろうにも思いを言葉にできないその才能のなさに苛立つばかり・・・

甲斐バンドのツアー盛り上がりのさなか、甲斐よしひろが最後にギターをこわす
パフォーマンスが非難されていたらしい・・・
60年代後期、ジミヘンドリックスやら、フーのピート・タウンジェント、クラッシュなどが
やってたこと・・・
日本では、チャーが”ジョニー・ルイス&チャー”を結成したばかりの頃
時々やってたような気がする。

土曜日午後7時30分からの学園ドラマの主題歌として、
アウトロー”が発売されたとき、視聴者プレゼントのみにプレスされたらしいのだが
応募が何万通とあったそうだ。
何を隠そう、応募した・・・・

そして夏休み。
急遽決まった、箱根ピクニックガーデンの野外コンサート。
チケットを手に入れるすべがわからなかった私は、どうしたのか?
前年と同じ手をつかった。
吉田拓郎のオールナイトコンサートを手に入れる術がわからなかった私は、
”ユイ・ミュージックファクトリー”に直接現金書留を送ってみた。
電話じゃ断られるに決まってる。
兵庫県の山奥の片田舎から、高校生が”チケット希望”と書いて
現金書留を送ってくる・・・しょうがない1枚くらい何とかしようか・・・
”シンコー・ミュージック”だったかな?
アキラ君とキヌガサ君の分入れて3枚・・・

ご迷惑をおかけいたしました。この場をお借りして謝ります。

箱根・・・・

一体どれくらいかかる?
費用は?
時間は?
宿泊方法は?

プロレス狂いで、実は鉄道マニアでもあったアキラ君が大活躍!
時刻表片手に、さっさと予定をくんでくれた。
新大阪から箱根まで、鈍行列車で・・・
『オレも行きたい!』と言ってきた、今でもつきあいのあるキヌガサ君、
金がない、親は反対するから小遣いはくれない、
そんなキヌガサ君のために、優しいアキラ君は、
列車の接続、無人駅を計算に入れて、キセル区間をはじき出し、
片道約8時間半の行程を組んで見せたのだった!
あれは、今思い出しても素晴らしい考え?だった。

そう、法を犯したのだった、”アウトロー”3人組の高校生トリオ、一人は野球部で丸坊主・・・
朝7時台の福知山線谷川駅を出発、宿泊予定の下田についたのは
何時だったのか、もう薄暗くなっていたような気がする。
新幹線で東京・大阪を日帰りできるこのご時世に・・・

甲斐バンド ”漂泊者アウトロー)” 】



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甲斐バンドとの”30年戦争”その9・・・”DIRTY WORK” 


2008.11.19
Wed
18:26

100万$ナイト(紙ジャケット仕様)100万$ナイト(紙ジャケット仕様)
(2007/12/12)
甲斐バンド

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ご存知の方は見ればすぐわかる・・・
甲斐バンドの武道館ライブのジャケットだが、
要するに↓こういうこと・・・
crash.jpg
もともとの元ネタはエルヴィス・プレスリーのジャケットらしいのだが・・・
クラッシュが来日を果たすのは翌年だったけど、とにかく、熱いものを欲していた
時代の空気を私自身も体で感じていた。
何だかよくわからないが、何かをやりたかった。
この”10代の熱気、ティーンエイジ・ラスト”を、今ものすごく感じてしまう
自分を少しばかり誇らしく思っている。

何かを意識し始める頃だったに違いない。
アキラ君は、この武道館ライブを買わなかった。
かといって、甲子園を目指していたわけではない。
プロレスには相変わらず夢中だったようだが・・・

甲斐よしひろ 甲斐バンド
これも夢中になって読んだ。
最後に出てくるのは、甲斐よしひろの最初の奥さんの名前。
確か中に写真もあったような・・・
業界人らしい。
確かロッキンfの編集員だったような・・・
籍入れて結婚したけど、仕事やめなかったのが離婚の原因らしい。
この本が発売されて1年以内だったな、確か別れたのは。
もっともその前5年くらい同棲してたらしいけど・・・
『高橋まゆみ』だったかな???
クラスに同じ名前の女の子がいました、そう言えば・・・
甲斐バンドの1つの集大成的な何かが完成しつつあったように思う。

吉田拓郎のオールナイトコンサートの後、私自身も何だか燃え尽きた感を
持ったまま終えた79年、アンコールの前に、
『70年代のドラマは終わりました。俺たちは80年代に向って走りだします。』
と言っていた。
そう、私も確実に大人に近づいていたのだが、まだ自分の何たるかを
つかめない、向かい合っていなかった。
ただただ、何とも言えない苛立ちだけを感じていた。

甲斐バンド  ”100万$ナイト” 】



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甲斐バンドとの”30年戦争”その8・・・”DIRTY WORK” 


2008.11.18
Tue
22:42

マイ・ジェネレーション(紙ジャケット仕様)マイ・ジェネレーション(紙ジャケット仕様)
(2007/12/12)
甲斐バンド

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78年から79年にかけて日付けが変わったその瞬間、
民放たぶんほぼ全局で流れたのが、

”♪ヒーロー、ヒーローになる時、ア~ハ~それは今♪”

79年春、その曲通り無事に高校入学。
そして自分たちへの合格祝いに、西宮市民会館にコンサートへ出かける。
もちろんアキラ君と!
なぜかその時のことはあんまりよく覚えていない。
ヒーローの大ヒットの影響もあって、警備員の数が異様に多かったことだけは
よく覚えてる。
そして断片的だが、甲斐よしひろが不愉快そうに皮肉って
『よく見ておいてね!これが今のあなた方の青春なんだから・・』
とか言ってたような気がする。
高校の入学式直前の、『ザ・ベストテン』だったはずだ。
司会の久米宏・黒柳徹子とのおしゃべりぬきで、
NHK始まって以来のことらしい、民放テレビ局の生中継カメラが入った。
テレビの生中継で、水割り片手に甲斐よしひろは、テレビを意識することなく。
”ヒーロー”を歌いきった。
不謹慎と苦情が殺到したらしい。

高校に入ると、中学入学時以上に大きく環境は変化する。
入ってくる情報も桁違い、段違いに違ってくる。
異様なほどに勉強は難しかった。
幼馴染のお兄ちゃんに誘われ、ギター部に入部。
アキラ君は驚いたことに、野球を続けた。

レッド・ツェッペリン、ローリング・ストーンズ、チープ・トリック、
当時大流行してたのは、ロッド・スチュアート。
そして衝撃的デビューしたてのダイア・ストレイツ・・・
徐々にボブ・ディランのレコードも揃いつつあった。

夏休み、私はたった一人でコンサートにでかけた。
吉田拓郎アイランドコンサート・イン・篠島
なんで一人で行ったのかな?
アキラ君は、ついに拓郎に興味をみせることはなかったし、
入学したてで、まだ一緒に、兵庫の山奥くんだりから遥か遠く離れた
愛知県の知多半島沖の篠島までオールナイトコンサートに一緒にでかける
友だちもいなかった。
そして、当時”オールナイトニッポン”のパーソナリティでもあった拓郎の
『離島で、オールナイトでオレ独りっきりで歌いきるというその意味を
 みんなにも分かち合って欲しい。』
なんていう今から考えれば、何のことか意味がよくわからん言葉に
酔いしれてしまっていた。
デビュー間もない長渕剛が、一部と二部の合間に歌い、
前列の拓郎ファンから、少しばかり野次られた。
”ン千人の罵声を受けながらも歌いきった”なんて記事になったが、
何てことない、『帰れ』と冷やかされただけのことに過ぎない。
現場に居合わせたんだから、よくわかる。

高校1年の夏休み、7月の終わりに見た吉田拓郎のコンサートの
余韻だけで、ボーっとして終わってしまったような気がする。
思えば拓郎最後の”人間なんて”を生で聞いたのだ。
9月、流されるままの毎日・・・
進学校の勉強はやっぱり強烈で、毎日が楽しくなくて、
『何かおもしろいことないかな・・・』
と誰もが10代の時抱く健康的な不満を、私も持っていた。
酒は飲めなかったが、タバコは覚えた。
1979年、もしかしてあの時世の中も変わろうとし、
世の中全体が得も知れぬ不安を感じていたんだろうか・・・
レーガン大統領は、対ロシア路線を強硬路線外交を軸としていたはずだ。
”スターウォーズ計画”なんてブチ上げた頃じゃなかっただろうか?
そのレーガン大統領が、アメリカでは歴代最も人気のある大統領らしい。

構造的な慢性の不況にあえぐイギリスからは、
パンクムーブメントが起こっていた。
強烈な自己主張したパンクロックと一緒に、
安全ピンのイヤリング、安全かみそりのペンダントという
パンクファッションも浸透していった頃・・・

そうもしかして誰もが不満を抱えていた。
爆発寸前の何がしかのかなり強い不満が漂っていたような・・・
”満足なんかできはしないさ!”
”I can get no satisfaction!”?????


甲斐バンド  ”三つ数えろ” 】



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甲斐バンドとの”30年戦争”その7・・・”DIRTY WORK” 


2008.11.17
Mon
23:56

甲斐バンドストーリー甲斐バンドストーリー
(2001/11/28)
甲斐バンド

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”プレイガイド”・・・・
兵庫県の山奥にはそんなものはない。
”都市と田舎の違いとは、情報量の違い”とは、たぶん学者さんの言葉・・・
今はもうなくなった”毎日ホール”・・・
地下は毎日劇場という、映画館で、1週間ごとに封切後の名画が週替わりで
上映されていた。
その奥に広がるのが、”北新地”。
今、毎日ホールも毎日劇場もない・・・
毎日新聞社の社屋がたてかえられて、あたり一帯が再開発されている。
今は新しくなった毎日新聞社ビル1Fに、まだ”ワルツ堂”はある。
店長さんらしき人の顔は変わっていない。
30年たってるから、相当におえらいさんだと思うけど・・・・
都会の情報発信量ってやっぱり違う。
今はそれが少しうっとうしくもあるが・・・

2月に行った毎日ホールのとなりにあった、”大きなレコード屋、ワルツ堂”にとりあえず
行ってみた。
”ウチはチケット扱ってないんですよ。すぐそこのドーチカにプレイガイドがありますよ”

”プレイガイド!!!”
ラジオで言ってたプレイガイド!?
何てことはない、堂島地下商店街の柱回りの一角にある小さなアーケード付きの
カウンターだけの窓口・・・・・・・・・・・・・・・

とにかく手に入れた、A席のチケット。
厚生年金の場所もチェックした。

思いだけが勝手にふくらみ続けた。
若いこだま』は終わり、NHK-FMの『サウンド・ストリート』に移行していた。
後々、ハウンド・ドッグの”嵐の金曜日”
佐野元春の”アンジェリーナ”
チャゲ&飛鳥の”ひとり咲き”
RCサクセションの”スロー・バラード”
上田正樹&サウス・トゥ・サウス、
BORO、
矢野顕子、
はっぴいえんど、
ジャックス
全部この番組で知った。
当時、日本のフォーク、ロック系の曲が聴ける番組はFMではほとんどなかったはずだ。
ヒット曲かどうかに関わらず聴けた、最もNHKらしい番組だったんじゃないだろうか???
そう、NHKで何よりだった。
私の田舎はいまだに、民放のFM電波ははいらない。
神戸にFM局ができているが、たぶん立ちふさがってる六甲山のおかげで
今でも聞けないはずだ。
まだその時は、サンテレビもテレビ大阪も見れなかったはずだ・・・・
そんな状況下で、プロのミュージシャンになったのは、
ウルフルズトータス松本、中学の3年後輩らしいのだが
顔は合わせていない。
今でも、お盆の町内の大きな祭りと、地区の神輿が出る秋祭りには
かえって来るらしい。
松本、アンタはエライ!

12月19日、無事厚生年金のコンサートも見終えた。
思いはドンドン馳せていった。
”もし高校受験に落ちたら、バンド見習いで、ローディで雇ってくれんかな・・・”
アホなことを真剣に考えつづけていた。
後々5年くらい、コンサートの曲順を覚えていたが、今はもうかなりあやふやだ。
オープニングだけは、はっきり覚えている。
モチロン、”きんぽうげ”!

  あなたに抱かれるのは今夜かぎりね
  寂しすぎるよ そんなセリフ 似合いはしない
  こぼれたテーブルの酒 指でたどって
  口癖のようにお前は 何度のつぶやく

  暗闇の中抱きしめても
  お前の心は逃げてく

童貞の14歳の中学3年生、丸坊主の野球部員には
かなり刺激的な歌詞の内容だなこりゃ。
ローリング・ストーンズの”ホンキー・トンク・ウィメン”を聞いて、元ネタを知るのは
その2年後のこと・・・

甲斐バンド  ”きんぽうげ”】



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甲斐バンドとの”30年戦争”その6・・・”DIRTY WORK” 


2008.11.16
Sun
22:30

誘惑(紙ジャケット仕様)誘惑(紙ジャケット仕様)
(2007/12/12)
甲斐バンド

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アキラ君との”レコード録音会”は高校2年に、もう一人の悪友と、箱根のピクニックガーデンの
”100万ドルナイト・イン・箱根”へ行き、その秋の”地下室のメロディー”を
私が自分で買うまで続きました。

上のアルバムは、”誘惑”のジャケットですが、発売して間もなく、甲斐バンドのツアースタッフに
事故が続き、ある霊能力者が、よくないものが写っていると言い、差し替えられたシロモノです。
レコードを持ってる方は貴重品になるようです。


中学3年の夏休み、野球部の最後の大会が終わる頃、
私の野球への熱は冷め切っていました。
何かの拍子に、練習してたスリーフィンガー奏法ができるようになって
一機に音楽への情熱が高まりました。
さらに拍車をかけたのは、矢沢永吉の『成り上がり』!
ボブ・ディラン、吉田拓郎甲斐バンド・・・彼らのすべてを吸収したかった。

高校へ行ったらバンドをやろう!
もっと歌をつくろう!
その時感じる、手に触れる世界のすべてなんぞたかだか知れてるのに
夢だけが勝手に大きく育っていきました。

甲斐よしひろとの繋がりは、NHK-AMの『若いこだま』、
年に一度発表されるアルバムと、4ヶ月に一度の割合で発売されてた
シングルレコード。

夏休みが終わり9月、クラブ活動を引退して早く帰宅するようになって
勉強がはかどるわけでもなし、楽しみは、その年秋に発売予定の
吉田拓郎の新譜『ローリング30』と、甲斐バンドの新譜『誘惑』。
アキラ君が甲斐バンド、私は吉田拓郎担当。
ラジオの自身の番組『若いこだま』で甲斐よしひろは、
”自分たちの方向性が見えてきた!”と語ってたような気がする。
思春期の誰もが持つ健康的な不満を抱えたままの私は、
胸に空いてるなんとも説明のつかない、穴のようなものを埋めてくれるものを
探していた。
高校受験への不安もあったに違いない。

稲刈りの真っ最中の頃だったような気がする。
胸をしめつけられた名曲、”翼あるもの”との出会い・・・
数年前に、開眼で発見されたある記憶喪失になった人が、
この曲を聴いて、記憶をとりもどしたという記事が出たが
初めて聴いた時の私自身の感じたインパクトから察するに 納得できるオハナシである。


そして、またまた、MBS毎日放送の”ヤンタン”だったはずだ。
『78年、甲斐バンドコンサート最終日は大阪で・・・』
”また、甲斐バンドがやってくる!”
78年12月19日 大阪厚生年金会館大ホール
甲斐バンド コンサート・チケット

アキラ君を誘いました。
『大阪の厚生年金会館や!見にいけへんか!?』
『チケットどないすんねん?』
『毎日ホール行った時、隣に大きいレコード屋あったやろ?”ワルツ堂”やったかな?
 他オトンと甲子園見に行った時、駅前に大きいレコード・楽器屋があったやろ?
 そこに行ったらあるかもしれへんで!』

誘惑”発売から約1ヶ月、中学校の創立記念日の休みの日、
福知山線谷川駅発、大阪行き鈍行に乗り込みました。
ボウズ頭に学生服、買ってもらったばかりの、リーガルのバスケットシューズが
せめてものオシャレ。
大阪駅前に降り立った二人のボウズ頭学生服中学生だったのでした。

【甲斐バンド  ”翼あるもの” 】



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甲斐バンドとの”30年戦争”その5・・・”DIRTY WORK” 


2008.11.14
Fri
21:22

サーカス&サーカス(紙ジャケット仕様)サーカス&サーカス(紙ジャケット仕様)
(2007/12/12)
甲斐バンド

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中学2年から3年にかけての春休み・・・
14歳になったばかりの頃。
まだ十分に、LPレコードというものが買えるほどの小遣いもなかった頃・・・
欲しいレコードはいっぱいあった。
早くボブ・ディランのレコードを、吉田拓郎のレコードを全部聴きたかった。
レンタルレコードもなかった時代のこと
近所にレコード屋もなく、自転車で30分かけて隣の町の小さなレコード屋に
出かけたものだった。
このブログのタイトルにも取り入れた、”10ホール・ハープ”ブルース・ハープ”も
そこで買った。
もちろん、ボブ・ディランを意識したハーモニカホルダーも・・・
精一杯の思い入れを込めて、シングルレコードを聴いていた。
たのみの綱は、友だちの機嫌をとってのカセットテープ。
思えば音楽の価値って相対的に高い時代だったんじゃないだろうか・・・
まだステレオもなく、カセットデッキを持ってる人も少なかったから
TDKの90分テープの両面にLPレコードを1枚ずつ入れて
大切に聞いていた時代だった・・・
思い入れと、小遣いを投資する対象の優先順位がなかなか決まらなかった・・・
ブルース・ハープを全セット早く揃えたいこと、
吉田拓郎の3枚組みベストアルバム、
ハーモニカホルダー、
ボブ・ディランの集大成ベストアルバム”傑作”、
甲斐バンド全アルバム・・・・
友人との、テープ交換・・・

よしだたくろうベストコレクション
かぐや姫フォーエバー
南こうせつ ねがい、武道館ライブ
NSP ぼくらはごきげん
アリス 武道館ライブ
因幡晃 わかってください
風 北国列車
イルカ ライブ
グレープ ライブ3年坂
ビートルズ ライブ・アット・ザ・ハリウッドボウル
チューリップ ウェルカム・トゥ・マイ・ハウス
井上陽水 東京ワシントンクラブ、断絶
泉谷しげる 春夏秋冬
そして、甲斐バンド・・・・

すべてカセットテープがのびるくらいに、聞き古した。
大学時代の友人は、ビートルズのアビーロードが聴きすぎて、
レコードの溝がなくなって買いなおしたそうだ・・・

甲斐バンドライブ 『サーカス&サーカス』
一緒に大阪まで見に行ったアキラ君が録音してくれた。
90分テープ片面に入りきらず、最後の”ポップコーンをほおばって
の終わり方がわからないままだった・・・
もう片面に、『ガラスの動物園』を入れてもらった。
まだ46分テープがなかったような気がする。

レコードとライブの音がまったく違うバンドとして有名だったそうだ。
何度も何度も聴いた。
不思議と、聞き飽きなかった・・・
思い入れが、100%満たされたバンドのような気がした。
ロックサウンド、優しさだけでは割り切れない愛憎と情感あふれる歌詞。
完璧だった。
もしかして、そのまま自我がしっかりしなければ
マーク・チャップマン”になっていたかもしれないほどに・・・

NHKのAM番組、『若いこだま』をかじりついて聞いていた。
文化放送の”セイ・ヤング!”はもう甲斐よしひろは終わっていた頃だったのかな・・・
後に、水面下で大きなブームとなった、ラジオ大阪の”つるべ・新野のぬかるみの世界”の
第一回のゲストが甲斐よしひろだったんじゃないだろうか・・・
新野新と口論になり、甲斐よしひろが灰皿をつかんで、『ハラたつオッサン!』と叫んだらしい。
MBSラジオ、日曜日午後4時からやっていた、”つるべのわいのわいの90”のゲストでも
やってきて、今年は100本コンサートツアーをやったと言い、
つるべの悪友、やしきたかじんは、『オレは4本や!悪かったな!!』と毒づいた。

わずかばかりの情報を求めて、飛びついた。
リスナーの思い入れと、情報の少なさとがピークになる直前だった。

冬に始まった、久米宏と黒柳徹子が司会した歌番組 ”ザ・ベストテン”・・・
それまでの、テレビ局が捏造したベストテンではなく、あらゆるデータを
集めたそのまんまの、歌のベストテン番組
矢沢永吉が出演しなかったことが、そのまま公表された。
テレビへの”出演拒否”・・・
衝撃的な事件だったような気がする。
まだまだ、フォークやロックは一部の人の特別なものであり
歌謡曲とは一線を画していた頃だった。
それ故に思い入れが深まっていったのは間違いない。
”オレたちの音楽が聞きたいのなら、コンサートに来てくれ”
傲慢といえば傲慢かな・・・

甲斐バンド  ”ポップコーンをほおばって” 】


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甲斐バンドとの”30年戦争”その4・・・”DIRTY WORK” 


2008.11.13
Thu
23:40

この夜にさよなら(紙ジャケット仕様)この夜にさよなら(紙ジャケット仕様)
(2007/12/12)
甲斐バンド

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中学2年生の冬のある日、当時夢中で聞いていた深夜放送の1つ、
関西圏の人なら、おおよそ誰もが聞いてたはず、MBS『ヤングタウン』
そう、通称”ヤンタン”・・・
当時ブレイクしかけのアリスの谷村新司、ばんばひろふみ、そして毎日放送の
美人アナウンサー佐藤良子、木曜日だったか金曜日だったか・・・
”冬の稲妻”がヒットチャートを駆け上る頃だったと思う。
当時のアリスは、1年に必ず同じ場所で2回来ることをキャッチフレーズにしていた。
ラジオで、谷村新司もそう言ったはずだった。
それほどに、”アリスはファンとのコミニュケーションを大切にしている”と
けっこうその言葉には信憑性があった。
当時、甲斐バンドといいアリスといい、年間コンサート回数は
150回なんて当たり前だったような気がする。
矢沢永吉でさえ、120回とかそんなだったはずだ。
テレビのアイドル系の歌手が毎日歌ってるその陰で、
ニューミュージックやらロックやらの人たちは、3日に1回、コンサートを
やっていた計算である。
今なぜやらないのか?
採算があわないそうだ・・・
ビーグラムレコーズの長戸氏は、そこを賢く計算して、”B'z”を売り出したそうだ・・・

中学1年の春、西脇市民会館大ホールでコンサートをやったが、その半年後に
”冬の稲妻”が大ヒット、1年に2回くるという言葉を信じていた西脇近辺の少年たちは、
待ち焦がれたが、アリスが再び来ることはなかった。
『できへんなら、ラジオでエラソーなこと言うなよ!』と、かなり本気で思った。

”ヤンタン”の番組途中で流れたCM、『ハッピーフォークコンテスト』関西大会決勝が
2月11日毎日ホールで行われ、ゲストにパンダフルハウス、滝ともはる、
そして甲斐バンドが来るらしい。
入場チケットが手に入ったので、幼馴染で野球部の悪友、アキラ君と行ってみることにした。
コンテストの中身はほとんど覚えていない。
ボブ・ディランの来日直前の、1978年の2月の大阪・・・
そんなにも寒い冬だったような気がする。
もう、甘ったるいニューミュージックにあきたらなくなってた私には、コンテスト出場の
面々のことなど全く覚えていない。
ただ、佐藤良子アナが美人だったのでキョーレツに覚えている。
そして、甲斐バンドが見たかった。
観客の女性のほとんどがそうであるらしいのは、周りを見渡せばすぐにわかった。

きんぽうげ
吟遊詩人の唄
最後の夜汽車
円舞曲(わるつ)
氷のくちびる

だったと思う、他あったかな・・・思い出せない・・・たぶんあってると思う。
生のバンドサウンドを聞くのが初めてなものだから、手拍子もおぼつかないまま、
観客の黄色い声に圧倒されっぱなしだった。
今は亡き、ギターの大森信和氏の赤い上下と、甲斐よしひろのラメ入りの白いシャツ、
きんぽうげのイントロだけははっきり覚えている。
そして、”エレキギターって何てバカでかい音なんだ!”と驚いたこと・・・
思えば、初めてバンドサウンドを聞いた日だった。
もうあれから30年・・・

そして大阪駅から、揺られ揺られて2時間以上だったような気がする。
長い福知山線の夜・・・
今となっては、心落ち着かせる田舎の真っ暗な何も見えない、鈍行列車からの景色・・・
イラついていた。
こんな所、早く出てってやる!
でもどうやって?
東京へ・・・

”目がくらむほどの人ごみを尻目に 右に左にかきわけて”
”どぶ川に真っ赤なバラを散らしたようなふきだまり 新宿さ”

                                     甲斐バンド ”新宿”

”東京の一夜は この町ですごす一年のよう
 東京の一夜は あなたの顔から微笑みさえ消してしまう”

                                     甲斐バンド ”東京の一夜”


大阪駅駅前の丸ビルの、まわるテロップを見つめながらそう思っていた・・・               都会という名のガラスのようにきらめく街に、田舎のたんぼだらけの風景には見えない
何かがあるとでも思ってたのかな?
そう、出てゆく時は、”最後の夜汽車”で!
とにかくそう思ってた、13歳から14歳にかけての冬・・・
                            

【甲斐バンド ”最後の夜汽車” 】



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甲斐バンドとの”30年戦争”その3・・・”DIRTY WORK” 


2008.11.13
Thu
03:42

ガラスの動物園(紙ジャケット仕様)ガラスの動物園(紙ジャケット仕様)
(2007/12/12)
甲斐バンド

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間違いなくそこには、リアルな何かがあったかのように感じられた。
気軽に女の子に声をかけられない性格だったこともあってか、
甲斐よしひろの歌うラブソングの中に、子供ながらの男女間の”愛憎”の何たかを
垣間見ていたような気がする。
好き同士なのに別れなければならない”切なさ”なんて中学生にわかるはずもないが
悲しいような切ないようなツライような感情は、それまで聞いていた
ノー天気なニューミュージックやら青春ソングでは、言いあらわせない何かだった。

まだまだ、”カバンをさげて田舎のバス通り”を自転車で通学していたが、
”しとしと五月雨にうたれながら、思い出がプラットホームを走り出す”悲しくはかない思いを
やはりリアルな何かを感じさせてくれた。

ちょうど、ボブ・ディランが初来日した頃だった。
中島みゆきは、インタビューで”場所(日本武道館)が気に入らないから見にいかない”
と答えていたような気がする。
まだその頃は、自ら歌で何かを表現しようとする者たちは、
それぞれの屁理屈で突っ張っていた時代だんたんだろうか・・・
中学2年のある冬の日、NHK-FMでボブ・ディランの来日記念特集をやった。
クラブ活動をさぼってあわてて家に帰り、録音したカセットテープは、
その後高校を卒業する頃までの5年間は、私のバイブルで教科書で聖典となった。
間違いなく音楽が好きなんだと自覚できた。
ディランの難解な歌詞を読みながら、なんとか理解しようと試みた。
ディランの影響を受けて自分なりのメッセージ的な音楽表現をするものたちの
仲間入りを果たしたかったが、やはりその頃最もリアルに感じていたのは
吉田拓郎の自分自身への内なるメッセージと、甲斐バンドの切ない男女間の恋心だった。

”都会という名のガラスのようにきらめく街、
 せまき檻のその中でうごめく人たち
 話すことなく僕はしゃべり、聞くことなく耳をかたむけ
 見えない明日を 手探りで駆け上ってゆく

 人生なんてそんなふうに悪い旅じゃないはず
 巡り巡る人生は曲がりくねった階段のように”

                               甲斐バンド 『らせん階段』より

”人生”とは?なんて大上段にふりかまえると、どうもうそ臭くなる。
”旅”というなんとも情感のある言葉とかけあわせて出来た曲・・・
”都会”をガラスのようにきらめく”狭き檻”、
”話すことなく僕はしゃべり、聞くことなく耳をかたむける”のは
サイモン&ガーファンクルの”サウンド・オブ・サイレンス”からのぱくりのフレーズで
生きていくことを、らせん階段をかけのぼってゆくことに例えた、
かなりベタな、極めて日本的な情感あふれる歌詞の世界のはずだ。
しかしながら、これをアコースティックのイントロとディミニッシュ7コードで
転調して、そしてサビに行くというカッコいいロックな曲に仕上げている。
甲斐よしひろって、かなり音楽的な才能あるんかな!?
それとも、その頃大流行してた、スティービー・ワンダーのパターンを
拝借しただけのことかな?

いずれにしても、今聞いてもかなりカッコいい曲にしあがってることは確か・・・


甲斐バンド ”らせん階段”】


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甲斐バンドとの”30年戦争”その2・・・”DIRTY WORK” 


2008.11.11
Tue
00:46

英雄と悪漢(紙ジャケット仕様)英雄と悪漢(紙ジャケット仕様)
(2007/12/12)
甲斐バンド

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小学生の時、トランジスタラジオが欲しかった。
テレビと学校と本がすべてだったのに、やはり情報というのは恐ろしいものかも?
兄が持ってたラジオからは、知らない世界が聞こえてきた。
いつでもどこでも聞ける高性能の小型トランジスタラジオ・・・
カーペンターズが神戸でコンサートをしたらしい。
ませた小学生だったのか・・・少年ジャンプの”サーキットの狼””硬派銀次郎”
”キャプテン””プレイボール”・・・・
それが世界のすべてだった。
小学5年生の時、お年玉でレコードプレーヤーを買ったが、
最初に買ったレコードは、中条きよしの”理由(わけ)”だった。
その後、サイモン&ガーファンクル、カーペンターズ、沢田研二と続くのだが
音楽なんか好きかどうかさえも、考えたことがなかった。
中学生になると全く別世界が広がった。
どうやら”ベスト30歌謡曲”以外に、膨大な音楽の世界があるらしかった。
ビートルズ”は知っておいたほうがいいらしかったが、その時同じクラスに
ワガママなアホボンがいて、そいつの自慢話を聞くのがイヤで、避けて通った。

文化祭で、先輩が”アリス”やら”かぐや姫”やらを演奏してるのを聞き、
親戚のお兄ちゃんから、ガットギターをもらった。
最初に練習したのは、もちろん”禁じられた遊び”!!!
”音叉”の意味もわからないまま、コードを覚えようと必死で練習した。
そして、フォークギターを買ってもらい、ご多聞にもれず、
思い出せばはずかしくなるようなオリジナル曲を作り出す・・・
自分で歌ってみて恥ずかしくなかったら、たぶんそのまま突っ走っていたに違いないが
心情を自分の言葉でうまく表せる手段も技術もないまま、詩を書くそして発表するなんて
やっぱりこっぱずしくてできるもんじゃない!・・・
ましてや、カセットテープに自分の声を録音して聞いてみて平気な人間なんて
絶対にアホだと思う???
だから、今でも気軽にカラオケなんてあんまり行きたくもない。
やはり歌う時は、別の人間になる必要があるんだろうと今でも思う。

そして何となく気になるある女の子のこと・・・
小学生の時とはまったく違う感覚にとまどって悩まされた。
歌やドラマの中でしか知り得なかった、恋愛感情なるものが自分の中で生まれた時、
どう対処していいものやら、まったくわからなかったものだった。
自分の中で勝手に大きくなっていくものの、うまく表現できなかった。

どうやら、ウキウキするような楽しいもんでもないような、ツライ悲しい気持ち・・・
こんな気持ちでいるのに、もしも彼女が他の男に対して、今自分が思ってるような感情を
抱いていたらどうしようか・・・
許されれない!
それは裏切りだ!!
もうオレは生きていけない!!!!
なんて一人で悶々としてる感情を、一番的確に表現してくれたのが
甲斐バンドだったような気がする。
やはりこの時期、甲斐バンドに出会ってることが、今に大きく影響してることは間違いない。
”生きるってことは一夜限りのワンナイトショー”なんだと、まだよくわからなかったけど・・・

”キミとボクの二人のこの世界”をノーテンキに、優しい借り物言葉で
歌うニューミュージックなるものとは、明らかに何かがちがっていた。
”オレとオマエ”の吉田拓郎ともなんだか違っていた。
何だか理解できない”フブキ、フブキ、氷の世界!!!”と叫んだ井上陽水とも明らかに違った。

男と女の間はけっこうツライもので、それこそが”愛”というもので、
その苦しみを二人で受け止めてちゃんと向き合って生きていかなければならないらしい。
そして、それが受け入れられないということは、かなりツライことだけど
その後二人は、それぞれ別の世界で力強く生きていくんだ!!!

その心情風景の描写に、子供ながら共感したものだった。
おそらくその時代の、フォークソングやらニューミュージックやら、
シンガーソングライターなどと呼ばれた人たちも、まだ若くて
音楽ビジネスの厳しさも、世の移り変わりのはかなさも実感としてわからなかったんでしょう。
まだまだ、”お子様たちの音楽ごっこ”だったんだろうか?

ビートルズが解散してからまだ10年もたっていなかったし、
歌い手自身が納得いく環境で作品を発表しようとたちあげた
フォーライフレコードは、まだ”業界の反逆児たち”だった。
日常的なことを、音楽で表現すること自体が、珍しくてそれこそ”非日常”だったように思う。

自分の言葉とメロディで何かを表現しようとした人たちは、
あくまでも自分だけの個人の世界を歌おうとし、
長髪で派手な衣装でエレキギターを大音響で鳴らして
アングロサクソン系白人のマネをしようとした人たちは、
まるで日本人の何たるか、日本語の何たるかを否定しようとしてるみたいだった。

甲斐バンドのことを、クラスのロック少年は”グループサウンズみたい”と見下げ、
ニューミュージック狂は、自分たちが歌えないことから無視してたような気がする。

解散時、甲斐よしひろが、
”胸を張って言えるのは、甲斐バンドはすべてオリジナルだった”と言ったことには
十分にうなづける。
例え、”翼あるもの”の歌詞が”セイリング”の翻訳のパクリでも、”アウトロー”のイントロが
クラッシュのある曲のパクリでも、”100万ドルナイト”のアレンジが、
ブルース・スプリングスティーンの”レーシング・イン・ザ・ストリート”と同じでも、
”ヒーロー”の歌詞の世界とサックスの入れ方が、同じくブルース・スプリングスティーンの
”明日なき暴走”の焼き直しでも、”港からやってきた女”がストーンズの
”ホンキー・トンク・ウィメン”の焼き直しでも、”三つ数えろ”の歌詞の内容が、
ストーンズの”サティスファクション”の焼き直しの世界でも
やはり甲斐よしひろの歌の世界は独自の世界を表して、見せてくれた。
それじゃコレはどこからパクッたのかな???
382340.jpg
甲斐バンド  ”かりそめのスウィング” 】


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甲斐バンドとの”30年戦争”その1・・・”DIRTY WORK” 


2008.11.09
Sun
21:08

DIRTY WORKDIRTY WORK
(2008/09/26)
甲斐バンド

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12月21日 大阪城ホール 甲斐バンドラストツアー 最終日・・・
今度はホントのラストだそうである。
我が大阪が最終日というのが、見にいけないフリークにとって嬉しいような悲しいような・・・
もうかれこれ30年・・・
中学2年の時からの、長い思い入れの時間である・・・


先日、大阪で小室哲哉が逮捕された。
売れてたらしい・・・
ホントにそれだけの認識しかない。
少しばかり耳の肥えたリスナーならわかるはずだ。
何を?
大した音楽を作ってたわけじゃない。
マーケットに多く受け入れらたらしいが、それだけのことである。
小室哲哉の音楽を登竜門にして、多くのアーチストが何かを表現するために
現れることはたぶんないはずだ。
キライ?
スキじゃないけど、キライでもない、むしろ口ずさんでしまう。
それだけ?
そう、ただホントにそれだけ!
それまでは、芸能プロダクションやらが作り上げてきた、
テレビ用のタレントのためのマーケットをうまく取り込んで、
音楽の持つ情緒感みたいなものを、CDとしてより多く消費させることに成功した人らしい。
時代の流れに乗っていたらしいが(本当に私の実感としてよくわからないもので・・・)
自分の創作の才能やらエネルギーを深く掘り下げて、時代と向かい合うことはしなかったはずだ。

”優秀なクリエイティビティは、次なるクリエイティビティを連鎖させる。”
と言ったのは、確か渋谷陽一だったかな?

”カラオケが音楽そのものを広めたことは確かだけど、
 音楽そのものに対しての聞き手としてのクリエイティビティを満足させられるどうかは
 また別問題でしょう。今の音楽はよくカラオケで歌われるかどうかがヒットに繋がると
 言われていますが、カラオケを歌うことで、アーチストが表現しようとした世界を
 共有できるかどうか・・・おそらくできないでしょう?
 だから、聞き手のクリエイティビティが満足させられることはないんじゃないでしょうか?”
いいこと言う!
確か、評論家の萩原健太氏だったと思う・・・
 
”ピカソを見たら、筆をとるか折るか”なのだ。

15年ほど前、大学時代の後輩夫婦の家で世話になった時のこと
NHKの20時から、ドリカムのライブ番組を1時間やっていた。
『NHKのゴールデンタイムでやるほど、ドリカムってすごいんか?
 オレらの時の、矢沢永吉やらRCサクセションやら甲斐バンドみたいなもんか?』
と酔っ払って聞くと、若い奥さんはきっぱりと答えた。
『ドリカムは悪くないけど、あの頃の持ってた音楽に対する思い入れから考えたら
 全然異質なもんやと思う!
 確かにあの頃の情報量の少なさが、聞き手の思い入れをつくりあげたのは確かやけど、
 コレ見て、あ、ワタシもなんかやりたい!って全然思わへんもん・・・』

小室哲哉のプロデュースした曲は、カラオケボックスでよく歌われたそうだ。
小室哲哉の曲をコピーして演奏してたというバンドはほとんど聞かない。
さがせばあるのかな?


甲斐バンドが解散して20年あまり。
中学2年の時、隣の家のお兄ちゃんから、聞かされた”裏切りの街角”以来の
長く深い思い入れのあるバンドである。
裏切りの街角
甲斐よしひろの、あの鼻にかかったハスキーでフラットした歌声と
ふられた女に対して、惨めったらしいほどに思いをシャウトする独自の情感に
魅せられて30年たってしまった。

私にとっての、”ティーンエイジ・ラスト”10代の熱気を思いうかべる上で欠かせない
甲斐バンドとの30年間を、しばらく書いてみます。
よろしければしばしのお付き合いを・・・


甲斐バンド  ”裏切りの街角” 】


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今日は大阪は雨です・・・ 


2008.11.08
Sat
05:04

LIVE’73LIVE’73
(1990/09/15)
よしだたくろう

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今日は大阪は雨です。

雨が空から降れば・・・

しょうがないですね・・・


【(音声のみ)吉田拓郎  ”雨が空から降れば”  】


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風俗業におけるありふれた考察13 


2008.11.07
Fri
03:40

流れがつかめない・・・
あっちこっち、あれもこれもで・・・
情熱は色あせても、オトナのオトコのプライドはある。
きちんとしあげたいけど・・・

どうでもいい女が二人やめた。
いやクビにした。

どうでもいい女、代わりがきく女・・・
周囲を腐らせる女・・・

手抜きする気はない。
誰のためでもない、自分のためだから。

これでもメシの食い扶持だから・・・


ボブ・ディラン ”ライク・ア・ローリング・ストーン” 】



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フツウにフツウのことを・・・ただそれだけ。 


2008.11.04
Tue
01:04

血の轍血の轍
(2003/11/19)
ボブ・ディラン

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『逆に、利用してやればいい』
気がすむまでやらせて、それから後のこと・・・

簡単じゃない・・・

ばかなことはやめて、とっとと店じまいにしたほうがいいに決まってる

たぶんそんなことうまくいかないに決まってる。
こじれにこじれて、逆恨みしか残さないにきまってる。

もうかかわることもないから、どうでもいいことだけど・・・

やはり見返りをもとめたところで・・・

ばかしあい?
馬鹿サバイバー?

やはり、全うに普通に考えるしかないかな?

”一生懸命がんばります。”
”言葉使いを丁寧にします。”
”お客様を大切にします。”

一般、普通名詞でとどまる限り、うまくいくわけはない。
当たり前だから、もう早くほんとに終わらせよう・・・
でないと・・・・


ボブ・ディラン ”嵐からの隠れ場所”】



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このまま終わりじゃない!!! 


2008.11.02
Sun
23:37

リアリティ・ツアー〈初回生産限定盤〉リアリティ・ツアー〈初回生産限定盤〉
(2007/06/20)
デヴィッド・ボウイ

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このまま?
いや!
絶対?
絶対!

誰もがヒーローになれる。
たった一日だけでも・・・


デヴィッド・ボウイ  ”ヒーローズ” 】



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